以前も述べたことがあるのですが、お金の価値はどこで保証されているか、という問題について考えてみよう。
基本的にはお金が流通するまえは物々交換だったわけですよね。お金が流通するということはどういうことか。単に便利なだけではダメですよね。みんなが信用しているということが大事です。それで、まず、お金が流通する初めの頃、というより、つい最近まで、お金自体に価値があるものが使われていました。つまり、金や銀のような貴金属、それに次ぐ銅のような金属がお金として流通していました。日本では、小判が使われている頃はだんだん金の含有量が減っていくに連れてインフレも進んでいく、そういうこともありました。あるいは、江戸時代だったらコメもそうだったかもしれません。
明治からしばらくは兌換紙幣が使われることになりました。兌換紙幣というのはその紙幣を銀行に持っていけば、金に交換してくれるというものです。明治の始めの頃は、国立銀行という民間銀行が、各々に兌換紙幣を刷りまくるものだからインフレになったという時代もありました。今でも、第○銀行(丸には数字が入ります)という銀行が残っていますよね。それが統一されまして、国が紙幣を刷るようになりました。しかし、それは兌換紙幣で在り続けました。すなわち、紙幣の信用は国が所有している金の量で決まったわけです。
これはずっとスタンダードなやり方でした。二度の大戦のあと、覇権を握った米国の紙幣ドルが世界的な決済通貨として使われるようになったのですが、このドルの信用も、米国の金の保有量で保証されていました。しかし、いつの間にか、アメリカドルの流通量が、米国の持っている金の量を超えたために、ドルの信用は著しく下がり、1971年8月15日当時のアメリカ大統領ニクソンは、ドルを金と交換することをやめると宣言し、通貨は一気に変動相場制に移行していきます。
それでは、現在、多くの国は、どうやって通貨の価値を保証しているのでしょうか。それは、各国中央銀行の資産がそれを保証するものとなっています。つまり、中央銀行が金や債権、あるいは土地や不動産(あるいはその代わりになる債権)などの価値を発行しているお金の量で割ることによって、原理的にお金の価値が決まるということになっています。お金が沢山出回れば、お金の価値が下がり、相対的に物の価値が上がる、すなわち、インフレになり、逆の場合はデフレになる、というのが基本的な原則です。
しかし、政府の首脳は民主主義国家ならば、あるいはそうでなくても、選挙や世論を気にしなくてはいけません。なので、景気を良くしたければ、じゃんじゃんお金をばらまけばいいじゃないかという発想になりがちです。それだと大変なインフレが起き、物の価値が先に上がり給料はその後に上がるわけでしょうから、物価の上昇が先行しすぎると、生活は苦しくなりやっていけなくなる国民が増えることはだれにでも想像がつくことです。なので、現代では、中央銀行は、基本的に政府と独立した機関となっています。面白いことに、米国では、中央銀行は厳密に言うと民間です。限りなく公的な性格を帯びた民間の機関というべきでしょうか。FRB議長も大統領から指名されますので完全な民間の機関とはいえませんが、建前上は民間の機関です。日本の場合、バブル前までは、中央銀行は政府の機関の一つでした。バブルの反省から、日本銀行は、独立した機関に改められましたが、それ以降デフレが続き一向に解消しないこともあって、再び政府の機関にすることも考えられているようです。
繰り返しになりますが、政府の発行する国債を中央銀行が買うというのは基本的に、禁じ手です。つまり、政府が借金によって日銀の資産を食いつぶすことになるためです。このあたりはいろいろ難しいこともあって、現在、幾らかはどこの先進国の中央銀行も国債を買っているのですが、このあたりは大変ややこしい話があるので省略します。
また、例えば、日銀が日本の国債を買うのには問題があるのならば、米国など他の国の国債を買えばいいじゃないか、という話もあります。これについても、またいろんな難しい話があって、たとえば、日銀がアメリカ国債を買うということは円を売ってドルを買い、そのドルでアメリカ国債を買うというステップになるわけで、そうすると、政府が為替相場で円売りドル買いによって円安に誘導するような為替操作とみなされる行為ではない、という理屈なのですが、日銀の物価の安定を目的としており、通貨に関することは財務省の仕事故に、そういうことに手を出すのは難しいと考えておられるようです。
2012年11月12日月曜日
2012年5月5日土曜日
ベルクソン、「物質と記憶」における『純粋想起』と『純粋記憶』といいう言葉について
ここにおいて、第3章第5節ででてきた純粋記憶、と純粋想起を区別すべきかどうかを悩んでいる。運動習慣を純粋想起、純粋記憶をイマージュ想起という考え方も可能であるからである。しかし、第三章ではまず、知覚と純粋想起がまったく別の質が異なったものと考えたのであるから、そうもかんたんにいかないところがある。
つまり、運動習慣とは純粋想起が知覚と結びついたもの、純粋記憶は純粋想起とイマージュ想起の双方の性質を持ち、なおかつイマージュ化されていない純粋想起についても含んでいる、と言って良いかもしれないところがややこしい
つまり、運動習慣とは純粋想起が知覚と結びついたもの、純粋記憶は純粋想起とイマージュ想起の双方の性質を持ち、なおかつイマージュ化されていない純粋想起についても含んでいる、と言って良いかもしれないところがややこしい
2012年1月26日木曜日
電子回路化した閉鎖小国経済モデル
リーマンショックのころ、閉鎖諸国経済モデルを電子回路で表わしSPICEなどの電子回路シミュレーターでシミュレーションしたら世の中の役にたつと思い、mixiの日記の中発表したことがある。
これには、税金は損失として表わされている。それについては、政府の税金による再配分化の役割を過小評価しているという批判もあるようだが、そこは、もう一つ電流源なりカレントミラー回路なりを付け加えて頂ければいい話だ。電流の流れ自体の制御は抵抗分割で制御できるわけでもあることも指摘しておきたい。
このモデルでは、リーマンショックみたいなものは、パルス応答、もしくはステップ関数としての応答を調べることになる。つまりお金の流れが(バブル=>バブルの破綻という)インパルスのような形になるか、急な階段状に落ち込むと捕えるかいうことになると思う。したがって、インパルスと考えれば、税金を上げる、ステップ関数と考えれば、逆にお金を供給するという形になる。いずれも、このモデルでは、政府の役割は描かれていないのは問題ではあるが、非常に基礎的で分かりやすい部分だけであるので、応用は比較的やりやすいと思い再掲する
以下以前の日記である。
(2012/02/24追記:日記の口調が乱暴なのは若いということよりも、本来非公開であるということと、それを勝手に覗かれていたということがあって、かなり怒っていたため。事情がわからない方のために念のため)
これには、税金は損失として表わされている。それについては、政府の税金による再配分化の役割を過小評価しているという批判もあるようだが、そこは、もう一つ電流源なりカレントミラー回路なりを付け加えて頂ければいい話だ。電流の流れ自体の制御は抵抗分割で制御できるわけでもあることも指摘しておきたい。
このモデルでは、リーマンショックみたいなものは、パルス応答、もしくはステップ関数としての応答を調べることになる。つまりお金の流れが(バブル=>バブルの破綻という)インパルスのような形になるか、急な階段状に落ち込むと捕えるかいうことになると思う。したがって、インパルスと考えれば、税金を上げる、ステップ関数と考えれば、逆にお金を供給するという形になる。いずれも、このモデルでは、政府の役割は描かれていないのは問題ではあるが、非常に基礎的で分かりやすい部分だけであるので、応用は比較的やりやすいと思い再掲する
以下以前の日記である。
(2012/02/24追記:日記の口調が乱暴なのは若いということよりも、本来非公開であるということと、それを勝手に覗かれていたということがあって、かなり怒っていたため。事情がわからない方のために念のため)
アナログ回路シミュレータSPICEによる閉鎖小国経済モデル
2009年11月26日22:12
以前も少し書いたことがあるが、アナログ回路シミュレータのSPICEによって
経済シミュレータを作れば良いんじゃないか?と言ったことがある。
基本的には、お金を電流、市場をバイポーラのトランジスタとして考える。
添付ファイルまで見られるかどうか知らないが、
添付ファイルにその回路図を示す。
これが良い点としては、過剰流動性を説明できるということと、
バイポーラトランジスタモデルが確率モデルであること。
モデルは、自由に記述できるという点も良い。
また、シミュレータとしては確立されたものがあるし、
いろんなバージョンもあるので、回路シミュレータ自体は
無料で使えるものもある。
実際のモデルを作ること(検証も含めて)が私には難しいので
とりあえずアイディアだけを公開したいと思います。
ライセンスは考えてないけど、アイディアの権利と著作権は
とりあえず私にあります。でも、自由に使ってください。
2012年1月9日月曜日
成人の日に人口減少社会を思う
人口が増加するようになると、年よりも増え、子供も増え、働き手の割合が減るなどという極端な議論もあるようだが、ここでは無視する。人口が減っていてそれが止まらないのが問題だという長期的な議論を
・人口減少を止める=子供の人口がかなり増える
(実際には、若い人の割合が減っているので、出生率が多少上がったとしても子供の数が維持されるぐらいで、実際には減り続けるだろう)
・仮に増加に転じたとしても長いスパンで見れば働き手は増える
など、議論の中心的な問題がすり替えられているからだ。
では、人口減少を止めるためにはどうしたら良いか。団塊の世代に活力を与えれば、あるいは日本は将来に渡って元気になるというものだろうか。
そうではないだろう。若い人がやりがいを感じ、子供を持っても働きやすい環境にすることが大事だろう。
働き手が少なくなるということで、もちろん移民も考えても良い。しかし、移民問題は難しい問題だ。女性の社会進出をサポートするのもひとつの手段だろう。そういう面からも子育て支援は重要だ。
定年延長も、ひとつの手段ではある。しかし、人口が減少している以上、それは根本解決とはならない、どちらかといえば、暫定的な方法であろう。どちらが優先順位が高いかということだ。
と私は思うのだがどうだろうか。
・人口減少を止める=子供の人口がかなり増える
(実際には、若い人の割合が減っているので、出生率が多少上がったとしても子供の数が維持されるぐらいで、実際には減り続けるだろう)
・仮に増加に転じたとしても長いスパンで見れば働き手は増える
など、議論の中心的な問題がすり替えられているからだ。
では、人口減少を止めるためにはどうしたら良いか。団塊の世代に活力を与えれば、あるいは日本は将来に渡って元気になるというものだろうか。
そうではないだろう。若い人がやりがいを感じ、子供を持っても働きやすい環境にすることが大事だろう。
働き手が少なくなるということで、もちろん移民も考えても良い。しかし、移民問題は難しい問題だ。女性の社会進出をサポートするのもひとつの手段だろう。そういう面からも子育て支援は重要だ。
定年延長も、ひとつの手段ではある。しかし、人口が減少している以上、それは根本解決とはならない、どちらかといえば、暫定的な方法であろう。どちらが優先順位が高いかということだ。
と私は思うのだがどうだろうか。
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