一般に量子力学では、一般的な常識とは全くかけ離れたことが起こる。最たるものはERPパラドックスもしくはシュレディンガーの猫のパラドックスなどの一般に観測問題と呼ばれる問題が起こる。このことは、量子力学のようなミクロスケール(およそ10のマイナス6乗以下のスケールと言われる)で起こるような現象を説明する物理学で発生する問題である。
私なりにシュレディンガーの猫の話を解説してみたい。
シュレディンガーの猫のパラドックスは、簡単に箱を開けるまで猫は生きてるか死んでるか分からないという言い方で説明される。なんだ当たり前じゃないか、という人は常識人である。量子力学の世界では、猫は生きてるか死んでるか観測されるまでは両方の状態が重ね合わさっていると説明している。こうなると常識ではないだろう。
箱の中に猫は居ることは分かっているのである。しかし、その状態が分からない。本当は分からないのではなく、生きてる状態と死んでる状態が重なっている。これがシュレディンガーの猫のパラドックスというものだ。
ん、量子力学はミクロスケールを扱う話じゃなかったの?といった人は偉いと思う。一般に、われわれの生活する単位ではニュートン力学、天文学的なスケールではアインシュタインの相対性理論が適用されるのが現代物理学の常道であり、シュレディンガーの猫のパラドックスは、じつは、ミクロスケールの話がマクロスケールに及ぶという点も大事なのだが、ここでは分かりやすく猫が生きてるか死んでるかの状態が重なっていると説明している。まぁ、なんだ、要するに、あるミクロスケールの量子の観測結果で箱の中の猫ちゃんを殺すようなスイッチがオンになるかオフのままかと言うことが問題となってくるということを端的に示しているとここでは考えてもらうと良いだろう。
さて、結構パラドックスの説明に手間が掛かったが、まず、歴史的背景から説明しておこう。
ニュートンの時代、光は波であると考えられていました。例えば屈折で本来影の部分がやや明るくなるとか回折で明るい部分とくらい部分の縞ができるとか。
ところが、科学が進んで、アインシュタインが特殊相対性理論を提唱する前になってくると、次のようなことが分かってきます。(以下、Wkipediaの特殊相対性理論の項(http://ja.wikipedia.org/wiki/特殊相対性理論)から抜粋しながら引用します)
まず、節「量子力学と特殊相対性理論の関係」から引用しましょう
量子力学と特殊相対性理論の関係 [編集]
詳細は「光量子仮説」、「量子力学」をそれぞれ参照
量子力学や相対性理論の登場する以前の物理学は、ニュートン力学によって物体の運動が、また、マクスウェルの方程式によって電磁波の振る舞いが記述されていた。
量子力学が発展する過程で1905年にアルベルト・アインシュタインは、電磁波に粒子としての性質があることを仮定しなければ光電効果などの物理現象を説明できないことを見出した(光量子仮説)。この光量子仮説は、アーサー・コンプトンが電子によるX線の散乱にコンプトン効果を見出したなど複数の有力な証拠により支持された。これによって光が波(電磁波)としての性質をもちつつ、粒子としての振る舞いをするということが明らかになった。
運動する物体の振る舞いと電磁波の振る舞いが本質的に同じものであるということが示唆される一方で、それらがニュートン力学やマクスウェルの方程式では記述できないことという矛盾は、ド・ブロイによって物質波の概念が与えられ、実験的に支持されるようになると一層顕著になった。
(引用終わり)
つまり、光を含めた電磁波は粒子の性質があるということがアインシュタインによって唱えられそれが様々な観測によって立証されたわけですね。
これを解決するために唱えられたのが、アインシュタインによる相対性理論な訳です。つまり、一般的な物体の動きを説明する古典力学と古典電磁波学を統合したのが相対性理論とも言えるわけです。
つまりは、相対性と光速度普遍の原理。ここもWikipediaから引用しましょう。
相対性原理の導入 [編集]
当時、エーテルという仮想の物質が空間に充満しており、電磁波はエーテルを媒体にして空間を伝播すると考えられていた。しかし、エーテルに対する地球の相対速度を検出すべく1881年に行われたマイケルソン・モーリーの実験では、そのような相対速度は検出されなかった。この結果は、地球が宇宙に対して絶対的に静止しているか、そもそも絶対静止空間という考え自体が間違っていることを意味していた。このような背景のもと、アインシュタインは、次の二つの仮定(公理)のみをもとに思考実験をするとどのような結論が得られるかをまとめた。
1. 力学法則はどの慣性系においても同じ形で成立する(相対性原理)。
2. 真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係に一定である(光速不変の原理)。
これらの仮定を満たすためには、それまで暗黙のうちに一様で変化しないとみなされていた空間と時間を変えるという方法を用いる。
これが相対性理論の骨子です。
さて、問題のシュレディンガーの猫のパラドックス量子力学の話でしたね。アインシュタインは光電効果の説明でノーベル賞をもらい量子力学の基礎を開いた人ですが、後の量子力学には大変に強い不満をもらしています。(ちなみに、アインシュタインは相対性理論ではノーベル賞をもらっていないというところが面白いところです)
それは、量子の状態が確率的にしか求まらないと言うことからです。
では、いよいよ量子力学の不思議について徐々に説明していきましょう。
先ほども述べましたが、光には、波の性質と粒子の性質があります。粒子の性質と言いましてもだいたい粒子ってというところから始まってねぇ、そこがそもそもややこしいところです。
量子力学ででてくるスケールでの単位があります。プランク定数と呼ばれるものです。例えば電磁波のエネルギーを示す式に
E=hν
という式があります。エネルギーはh(プランク乗数)かけるν(振動数=周波数の逆数)という式で表せるということです。
この式を見てもらうと分かるように、電磁波のエネルギーはプランク定数の何倍になっているかで表せます。つまり、プランク定数は量子のエネルギーの基本的な単位となり、また、電磁波のエネルギーはプランク定数ごとの飛び飛びの値しか取らないということが分かります。
つまり、光のような波と粒子の性質を持つものはエネルギーがプランク定数単位で飛び飛びの値しか持ち得ないということも意味しています。お金なら一円単位ですよね。量子のエネルギーでその一円に相当するのがプランク定数と考えて下さい。
(じつは、このようにエネルギーがプランク定数単位で飛び飛びの値しか取らないということが量子の名前の由来なんですけどね)
さて、光が量子であるということは分かりました。ところが、この結果から、ド・ブロイという人が全ての物質も波の性質を持つことを言い出しました。このことは後に証明され、全ての物質は波であり粒子であるということが分かってきたのです。(Wikipedia、ド・ブロイ波参照(http://ja.wikipedia.org/wiki/ド・ブロイ波)
ところで、量子はあまりに小さいので観測すると観測自体が量子に影響を及ぼし、その運動量と位置を同時に正確に把握することができないという、量子の不確定性原理というものがハイゼンベルクによって提唱されるようになりました。(Wikipedia、不確定性原理(http://ja.wikipedia.org/wiki/不確定性原理)の項参照)
この原理は、その後、量子の基本的な波の性質記述する波動方程式(Wikipedia、波動方程式(http://ja.wikipedia.org/wiki/波動方程式))が確立することによりその解釈を巡っての話に吸収されます。
さて、この波動方程式が意味するところは、量子の位置は確率的にしか求まらない。ということ。そして、観測するまではその位置は確定しない。ということを意味していたのでさあ大変、大論争が起こりました。しかし、実験の結果、やっぱりのこの波動方程式は正しいと言うことになったわけです。
これが、先ほどのシュレディンガーの猫のパラドックスにつながってくるんですね。つまり、観測されるまで猫が生きてるか死んでるかというのは、重なり合わさった状態だということです。
実はですね、この観測された時に波動関数が収縮して位置が決まるという考え方は、波動関数のコペンハーゲン解釈といいます。
かの有名な、ホーキング博士は多世界解釈という考え方にたたれているそうです。多世界解釈というのは、量子はたくさんの波の重なり合わせの一番強い部分であり、その位置はわれわれが観測する時に確率的に決まっているように見えるが、全ての取りうる可能性の一つを観測しているに過ぎず、他の可能な事象を取る世界はまた別に存在するという解釈です。
かくも不思議な解釈が成立するのが量子力学(特に波動関数)の世界であり、他にもいろいろな解釈があるようですが特に代表的な解釈を示しました。
しかし、こうなると、哲学の存在論も何もあったもんじゃないような世界となります。物質が波であり粒子だなどといわれてもわれわれの経験的認識にとってはごく特殊な世界ですよね。
だから、われわれはその辺りについては、ニュートン力学で説明する範囲で哲学的経験論、認識論というものを考えるということがまず重要になってくる、私はそう思います。
もちろん、この辺りを統合しようとされている方もいらっしゃいまして、それが、たとえば、イギリスのペンローズ先生がやっておられる、ツイスター理論や量子脳理論などにつながってくるわけです。(Wikipedia、ロジャー・ペンローズ(http://ja.wikipedia.org/wiki/ロジャー・ペンローズ)の項参照)
ペンローズ先生の理論は私が支持しているベルクソン哲学とは大変違う考え方ではあるようですが、また大変に尊敬している方の一人でもあります)
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