日経新聞にAIや核融合次は何が来るのか。という記事があるようで、中身は見ていないのですが、Chat GPTと会話したので公開します。
つまらない結論と思う人も多いでしょうが、何かの参考になればと思いまして。
https://chatgpt.com/share/6975c742-ac80-8003-9d38-4c444c916719
私の日常的に考えていることを書き綴るブログです
日経新聞にAIや核融合次は何が来るのか。という記事があるようで、中身は見ていないのですが、Chat GPTと会話したので公開します。
つまらない結論と思う人も多いでしょうが、何かの参考になればと思いまして。
https://chatgpt.com/share/6975c742-ac80-8003-9d38-4c444c916719
今年は、本当にいろいろなことがありました。
最大の出来事は、右目の視力がほとんどなくなったことでしょうか。
来年早々、免許を自主返納し、車も売るつもりなのでいろいろ大変です。
それでも、なんとか生きているわけで、本当におかげさまだと思います。
そんな年でありましたが、今年も大晦日の夜は、年に一回だけ自主的にお酒を飲む楽しい日でもあります。今日は小林秀雄さんの「ランボーIII」を読みながらお湯割りをちびりちびりと味わいます。「ランボーIII」は、今年の後半、池田雅延先生の講義でも取り上げられましたので、それも思い起こしながら読んでいます。
千里眼でなければならぬ、千里眼にならなければならぬ、と僕は言うのだ。詩人は、あらゆる感覚の、長い、限りない、合理的な乱用によって千里眼になる。
とはランボーの言葉だが、行き着くところまで行き着いた人には一体何が見えるのか。
小林さんの「ランボーI」の冒頭には「この孛星が、不思議な人間厭嫌の光を放ってフランス文学の大空を掠めたのは、一八七〇年より七三年まで、十六歳で、既に天才の表現を獲得してから、十九歳で、自らその美神を絞殺するに至るまで、僅かに三年の期間である。」と書かれている。それから彼は、放浪し、傭兵になり、アフリカで貿易商となり、足の腫瘍が元で死ぬ。享年三十七歳。
なんと言えばいいのだろう。ただ、その作品に、あるいは小林さんの著作に没入することしか、後の我々にはできないように思える。
読書に戻る時が来たようです。
皆様も、どうぞ良いお年をお迎えください。
この度、と言っても半年ほど前になりますが新しいblog「ベルクソンと小林秀雄『二源泉』と『本居宣長』への旅」しました。本当にポツポツと書いています。良かったら見ていただきますと 大変嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします。
チョムスキー(※)は高名な言語学者であり、また、近年はその世界的なリベラル知識人としての名声もようやく日本でも知られるようになってきた。
私も今回初めて、言語学関係でないチョムスキーの本を読んだのであるが、インタビュー形式であるということ、豊富な注釈とによって、多岐にわたる複雑な社会問題において論じたものとしては、かなり読みやすいものであった。地球環境と経済的活動が相反することやアメリカ政府の支出が経済活動に大きな役割を果たしているという点、すなわち、経済的な欲望がもたらす側面とそれに対する合衆国政府の影響力の大きさを指摘し、第二次世界大戦以降、長らく国際的に支配的な地位を占めてきたアメリカの行動、たとえば、環境問題ほか、国際情勢、特にイラン核燃料問題とアメリカの大学の果たした役割や戦争、核の脅威、宗教問題、中国の台頭に対する軍事的措置などの様々な社会問題に、長く勤めるMIT教授としての大学人としての視点から、アメリカ社会の抱える矛盾を示しながら鋭く切り込んでいく。
過去、日本でスキャンダラスなほど過激に伝えられたリベラルとしての主張の印象は、その主張がすでに消化されたものであるからか、さほど強い印象はもたらさず、この本のもう一つの特徴である、後半ほとんど占める補遺による資料提供は、その内容をより正確に伝えようとしており、そこにも強い印象を持った。
(※ のリンク先はWikipedia、「ノーム・チョムスキー」の項を参照しています)