現在、ベルクソン「物質と記憶」メモにかんしては、鋭意清書に励んでおり、残るは、第四章第五節と第六節のふたつになりました。ところで、第五節の始めの段落では、二通りに解釈できる部分が発見され、その問題解決には、章の終わりまで、つまり、第六節まで一通り解釈を確認する必要があると思われます。それは、ベルクソンの記述の仕方が、節ごとできれいに内容をまとめるのではなく徐々に移行していくというやり方を取っているということも理由の一つに挙げられます。従って、第五節は第六節と同時に公開する方向で現在考えております。
草稿では、第五節と第六節の間に、すでに、別のブログで公開した小論『小林秀雄『本居宣長 補記I』に見る「真歴」について』を挟んでおります。今回もその形式は変えずに行うつもりです。
公開の期日はなんとか年末までに、できればクリスマスにはと考えておりますが、進捗および現在抱えている問題点がどのようになるか不明なところがありますので、遅れが発生する可能性も十分にあるということをどうかご理解いただけますよう、お願い申し上げます。
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2012年12月11日火曜日
2011年6月22日水曜日
ベルクソン 「物質と時間」メモ 更新停止のお知らせ
どうにも体調が優れなく、吐き気が止まらない集中できないなどということもあり、しばらくの間ベルクソン 「物質と時間」メモ の更新を停止させて頂きたいと思います。原因は、様々だと思います。ただ、どうにもストレスを受ける機会とその度合いがこれまで以上と言わざるを得ない状況ですので、このままでまた鬱がぶり返してしまうということを心配しております。
また、ベルクソンのほかの著作と同時にこのメモを書くということは非常に負荷が高く、また、ほかの著作を一通り読んでしまってからの方が、解説もより書きよいのではないか、特に、『意識に直接与えられたものについての試論』は読むべきではないかかと思っているのも、それぞれ理由の一つです。
そもそも論を申し上げますと、タイトルからしてご理解頂けるように、そもそもは、読書メモでありました。それが様々な良くいうならば叱咤激励のおかげで解説をするようになり、それが当然のごとくなって今に至っております。そういうわけで、現在の著述の形式は私が望んでいるものでは必ずしもないということも、申し添えておかなければなりません。
以上のようなわけで、多大なストレスにより最近著しく体調を崩しておりますので、読者各位には大変ご迷惑をおかけすることになりますが、なにとぞご理解頂きますようお願いいたします。
また、ベルクソンのほかの著作と同時にこのメモを書くということは非常に負荷が高く、また、ほかの著作を一通り読んでしまってからの方が、解説もより書きよいのではないか、特に、『意識に直接与えられたものについての試論』は読むべきではないかかと思っているのも、それぞれ理由の一つです。
そもそも論を申し上げますと、タイトルからしてご理解頂けるように、そもそもは、読書メモでありました。それが様々な良くいうならば叱咤激励のおかげで解説をするようになり、それが当然のごとくなって今に至っております。そういうわけで、現在の著述の形式は私が望んでいるものでは必ずしもないということも、申し添えておかなければなりません。
以上のようなわけで、多大なストレスにより最近著しく体調を崩しておりますので、読者各位には大変ご迷惑をおかけすることになりますが、なにとぞご理解頂きますようお願いいたします。
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