今日、たまたまあるラジオの番組を聞いていた。具体的に言うと、東日本大震災に被災した子どもたちの作文を題材に取り上げた番組だった。
小さな子どもたちの話は興味深く専門家の方の話を聞いていたが、ある程度、そう、思春期にあるような子どもたちの作文の解釈がとても私には不思議だった。ああ、この人達は、理不尽ということに直面したことがないのだなと思った。
こういうと、きっと怒る人がたくさんいるだろう。わかっている。しかし、日本はつい六〇年前に理不尽という理不尽を味わってきた。戦争ほどひどい理不尽はあるか。これに直面して来なかった。私はそういうことを言いたいのだ。きっと、そういうことはなんにも考えず、安定した平和の日本にそれが当然として育ってきた世代が改めて、理不尽に直面してああだこうだ言っている、私にはそういう気がした。
昭和というのは、何だったのか。それを忘れたときに震災が起こった。その理不尽さは私をして、そういう理不尽さを忘れてしまったから震災が起こってしまったのだろう、などという変な感傷に耽らせる。
人は死ぬよね。私が高校生の時、同級生がバイクの事故で死んだ。テニスが好きな普通の男の子だった。仲がいいというわけではなかった。お葬式の日に持って行こうとした花束に蜂がいて、耳の裏側を刺された。今日と同じぐらい暑い日だった。お葬式ではひとり気分が悪くなり耐えられなくなり座った。出棺に火葬場へ一緒に行こうと彼と同じ小学校の校区の同級生に誘われたがなぜか行かなかった。どういうことかがわからなかったから。
彼のご両親が、われわれが書いた追悼文をまとめて本にしてくださって、渡していただいた。皆、感傷的なことを書いていた。一人、何か、一つ一つ整理して書いていた。ちょっと違うね。と誰かが言った。そいつとは、大学に入ってから墓参りに行った。でも、もう行かなくていいんじゃないかといったので行かなくなったが、今でもなにか割り切れない気持ちがしている。そういうものなのだろう、と思いつつも。
何かを整理して書こうというのは、怒りがあったからだろう。震災前が住み良かったとは限らない。震災後が悲惨であることは変わりがないが、理不尽は、等しく襲い、それぞれに違う結果を残した。痛みと怒りに向き合わざるをえないとき、一つ一つを整理して、残す。自分の痛みに気づかないふりをして。痛みに浸るということがよくわからないから。すこしずつ満ちる痛みに負けたくないと思いつつ整理しきれない気持ちを、何とかしたいと思うから。それが理不尽というものでしょう。
改めて思う。私が子供だった頃、皆がとてつもなく大きな理不尽を当たり前だと思っていた。当たり前だと思わなくなっている世代が居ることに、私は改めて衝撃を受けた。子どもたちのほうが、心の傷は深いだろうが、実は健全なのではないだろうか。当たり前に、普通に、という思いを平和な時代に育った人間の感覚を、私は病気だと感じる。
彼らの中には大変に苦労をして、それなりに頑張って道を切り開き、幸せにあることを得てきた人達もいるのだろう。
しかし、あるいは違う彼らはきっと、形式だけ残されて幸せに育ったのかもしれない。例えば、ご飯の食べ方だけはやたらにこだわるというように。そして、他人を怠け者だと非難して、その自分のものではないはずの権力の座にしがみつこうと、必死に他人に理不尽を押し付けているようにして。
分からない。ただ、私が今でも高校の時に亡くなった同級生を思うとき、胸が痛む。理不尽は突然やってきて日常を奪う。しかし、日常は強い力でやってきて、理不尽への感傷を奪う。そのやりきれなさが、彼らにはわかっているのかいないのか。それは分からないが、日常への嫌悪だけを実は取り上げたいのだというのであれば、それもまた間違っている。健全に育った自意識の病気だと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿