2012年8月24日金曜日

また、ぞろ選挙か

まったく持って,うんざりである。なぜ、日本人はそうそう、首相を諦めたり、選挙をしたがるのか、ということにおいて、様々な疑問が湧いてくる。

もちろん、いい点もある。例えば、鳩山氏や菅氏が未だ首相だったら、と思うととんでもない気がする。しかし、大震災のあと復興がはかどらない現状で、選挙をして政権交代というのは一体どういうことだろう、と常々疑問に思っているのだが、最近の世論はまったく持ってよくわからない。

経済政策の一貫性のなさ、国の顔が一年ごとに変わる弊害は、よく言われているわけなのにどうしてこんなことになってしまうのか。マスコミの論調がそうなのか。

マスコミの中で新聞は最も信頼されているメディアであろうが、その新聞が、世論調査でこうも政権を変えたがる理由というのは何なのだろうか、不思議である。

新聞は、その読者の構成でいうと、40代以下の人間で、新聞を読んでいる人は、半数だという。つまり、新聞の読者は、そのほとんどが割合年齢の高い人たちだ。この人たちの意見がこうも、くるくる首相を変えたがるのはどうにもよく分からないのである。

おそらくだが、50代の人たちが、70代の人たちから実質的な権力を奪いたいというのがあるのではないか、と思う。

確かに、何も変わろうとしない日本、何も分からないくせに人をいいように使いたがる人たちが多すぎるという気もするが、それが、別に年齢を問わない。私には、70代とそれ以下の人たちとの隔絶した勤労意識の元に、こいつらが天下をとったら最悪だろうな、とすら思う。

その象徴が、鳩山、菅の最低、最悪とも言われた二人の元首相だろう。

確かに、現状維持は問題が多い。しかし、人口構成的に、もう、こんなものと思うしかないのだ、という諦めも必要だと思う。政治体制をかえても、アメリカ流のプラグマティズムが根付くはずもないではないか。日本人はこんなものである、と私はもう諦めた。トットと死にたいばっかりである。

しかし、そう愚痴ばかりも言ってられないだろうから、少し、選挙後の体制を考えてみよう。選挙をして政権交代があるのかどうか、ということをまず考察しないと、選挙だけしてもしょうがないだろう、ということを言いたいし、所詮、選挙なんかしたってしょうがない、という主張も少ししてみたいということもある。

ここでの考察は、最近言われているように、10月に臨時国会、11月に(選挙制度の変革が終わって)次の予算編成前に解散、という一般的に流布されているようなシナリオに沿って見たい。

まず、民主党である。民主党は、自民党から追い出された田中派(小沢氏・鳩山氏・岡田氏などが代表的な人物)と旧社会・民社党(菅氏・枝野氏・仙谷氏)などの寄り合い所帯であった。それは、イデオロギー的に見ては、支持基盤としての労働組合ということはあるものの、様々な思想を持った人たちの寄り合い所帯という意味で(つまり、支持基盤は別としても思想的に保守的と思われる野田現首相や前原氏などもいるために)保守的な国民にとっても、受け皿となりえた、ということであった。

それは、小泉政権の長期体制のあと社会体制的に経済の格差が顕著になり、また、その後、後継者と指名された安倍晋三氏は、参議院選挙の大敗を受け、ねじれ国会による、政権運営の困難さに、一年を満たさず政権を放り出し、続く、福田康夫氏も同様に1年ほどで政権を放り出し、麻生太郎氏のときに執拗な失言問題や閣僚・官僚の失敗(本当に報道の揚げ足取りもひどかったけれど、様々にひどい行動があった)こと、そして、とどめのリーマンショックにより、新自由主義的な経済がまったくの信用をなくしてしまったことにもよったものであった。

結果としてみれば、新自由主義的な極端に粗野な資本主義と小さな政府との主張がイコールとしてみなされ、中国の台頭と共に、中央集権的な政治家中心の大きな政府を標榜した民主党に人気が集まり、自民党と大差のない、属人的な思想構成が保守的な日本人にも違和感が少ないことも手伝って、非常に幅広い人たちの支持を集め、また、何も決まらない、ねじれ国会による解消という実務的必然性もあって民主党政権は誕生した。

さて、余談ではあるが、私が、70代の人たちに比べて、それ以下の人たちに権力をもたせるのをあまり快く思わないのは、福田康夫氏は例外としても、安倍晋三氏、鳩山、菅の両元首相などの体たらくを見ているからである。前原氏のときの民主党もひどかった。閑話休題

話を元に戻すと、現時点で選挙をすることによるメリットは、国会のねじれ現象を解消できるかも分からないような、危うい理由しかない。単に大きい政府を標榜した政治家たちが次々に失敗していき、野田現首相の体制では自民党時代と大差なく、原発や、消費税といった、国民に人気のない施策が、そのまま、感情的な政権交代論につながっている、としか私には見えない。これで選挙とは、日本人が世界で笑われるだけであろう。

さて、それでも選挙、ということになったあとのことを考えるのが、本来の目的であったところに戻ろう。

まず、選挙後の体制であるが、民主党は野田代表ということで代表戦が決着するものとしても、選挙で大敗し、結果として代表をやめざるを得ないだろう。そのあとであるが、民主党にはふた通りの選択肢がある。まず、鳩山氏を再び代表として選び、小沢氏が再合流するという路線。もう一つは、たとえば、岡田氏が代表となり、野田現首相の路線を継承、自民党・公明党と連立を組み政権を担うという選択肢である。

私は、もし、自・公・民の三党で政権が取れるのであれば、この大連立は多いにありうると思う。逆に言えば、自・公だけでも、現民主だけでも、政権が取れるほど選挙に勝利し得ないと思う。この三党大連立が最も選挙後にありうるシナリオだろう。これは、現政権の路線を継承、自民党・公明党の人材による閣僚の強化、ねじれ国会の解消という意味で一番いいシナリオかもしれない。しかし、言い換えれば、現在と大差ないとも言える。

そして、第三極とも言われる、地域政党の躍進も間違いないだろう。しかし、単独では政権は取り得ないと予想する。その場合、彼らが、例えば、自・公、あるいは民主と連立を組むだろうか。それは、すなわち、国民の期待が大きく失望変わる結果にもつながりかねない。それはないだろう、というのが現段階での私の意見である。もちろん、一寸先は闇というのが政界であるからどのように転ぶかは不明であるが、私は、例えば、維新の会が躍進しても、そしてそのチャンスではあるが、政権を取り得ない、すなわち、ただのガス抜きで終わる、というのであるならば、それはかえってまずいことになるのではないか、と危惧するのである。

しかも、おそらく、参院では、自・公・民の方が多数である状態が続く。現段階では、変革は難しいと言わざるを得ない。

自・公・第三極ならば、あるいは、変革可能であるかもしれない。しかし、一体それを国民は許すだろうか。あるいは、それだけの政治手腕が、第三極側にあるのだろうか。

勢いだけでは、続かないのは、民主党への政権交代でわかった教訓である。

国民も、あるはマスコミも、もっと冷静に、この国の形について議論をしてもらいたいと思い、たたき台としてこの文章を書いたのだが、一体私の目的ははたせただろうか。いま選挙をすることがどうか、ということを含めて、もっと様々に考察を深めていただきたいと心より願う次第である。

(2012/08/25 1:50 追記)
29日に参院の自・公で首相の問責決議案が出され、他の野党の賛成もあり成立する見込み。こうなっては、近く解散も致し方ない状況に。

(2012/08/25 17:00 追記)
29日の問責決議案の方は28日に衆院で特別公債の法案が強行採決される反動のようです。大変失礼をいたしました。

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