2011年5月26日木曜日

原子力安全委員会とは一体何なのか

福島第一原発事故の情報があまりにも嘘まみれであることが事故発生から2ヶ月半、IAEAの査察が来ると漸くいろいろ分かってきたということから、政府や東京電力に対する強い不信感を持つなか、言った言わないの責任逃れの水掛け論で国民をあきれさせている、官邸と原子力安全委員会・班目氏。

その中でも、あまりに、班目氏という人の言動が不思議に見えることから、原子力安全委員会というものをすこし調べてみようという気になりました。

まず、私のような素人にわかりにくいのは、原子力安全・保安院との区別ですね。Wikipediaによりますと、

・原子力安全・保安院(ソース:Wikipedia、http://ja.wikipedia.org/wiki/原子力安全・保安院)は、
  • 経済産業省の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる(「概要」から引用)
  • 本院は「原子力安全」と「産業保安」とが主な所掌事務で、決して原子力関係のみを専門としている組織ではない。(「任務」より引用)

となり、私なりにまとめると、東京電力のような電力会社の監督省庁である経済産業省・資源エネルギー庁の「特別の機関」であり、「原子力安全」がその大きな任務の一つと言うことになるでしょうか。

一方、注目の人班目氏の原子力安全委員会、
・原子力安全委員会(ソース:Wikipedia、http://ja.wikipedia.org/wiki/原子力安全委員会)
  • 原子力安全委員会(げんしりょくあんぜんいいんかい)は、日本の行政機関のひとつで内閣府の審議会等のひとつ。(最初の説明より引用)
  • 原子力安全委員会の職務は原子力の研究、開発および利用に関する事項のうち、安全の確保に関する事項について企画し、審議し、および決定することである。(「概要」より引用)
  • 具体的な職務の一つに、「原子力緊急事態宣言の技術的事項について原子力災害対策本部長に助言すること」というのが同じく「概要」にあります。


つまり、原子力安全委員会というのは、元々学者さんの集まりである、「内閣府の審議会等のひとつ」という位置づけですね。それで、今回の東京電力福島第一原発の事故のようなことが起こると、「原子力災害対策本部長」に「技術的事項」を「助言する」と言うことになるわけでしょうね。

では、この、「原子力災害対策本部長」とは一体誰なのか、というと、原子力安全・保安院のWebサイトから引用すると

引用始まり---------

原子力災害対策本部

0333

原子力災害時に臨時に内閣府に設置される本部。原災法第15条 により、内閣総理大臣が原子力緊急事態宣言 をしたときは、当該原子力緊急事態 に係る緊急事態応急対策 を総合的見地から迅速、的確かつ効果的に推進するため、閣議にかけて、臨時に内閣府に必ず設置される。内閣総理大臣が本部長を務める。
  
---------引用終わり

とあり、つまりは、総理大臣になるわけです。

だったら、言っただろうし、聞いただろう、と思うのが普通でしょう。

要するに、首相と、班目氏の責任のなすりつけ合いで、班目氏が
「ゼロではない」は『ほとんどゼロということ」、
実際に海水注入は続けられていた、
「私はなんだったのか」
という発言につながるというわけですね。

しかし、どうしようもないな、この国の上の人たちは。結局現場の判断で助かったということでしょう。これで、万が一再臨界が起きていても、菅総理はもちろん班目氏も言い逃れていたことでしょう。そのようなことが分かっているから、現場は独自の判断をする。なんだったのかではなく、なんなんですか、あなた方は、ということです。

ちなみに、先ほどのWikipediaの原子力安全に委員会の記事にこういうのがあったので引用しておきましょう。

  • 「原発は構造上爆発しません」−水素爆発により複数の建物の外壁が飛び散る
  • 「復旧作業員の造血幹細胞の事前採取は不要と判断」
  • 「汚染水処理への対応−班目春樹委員長は福島第一原子力発電所の建屋に溜まった高放射線量の汚染水処理について、「知識を持ち合わせていないので、東電(東京電力)と原子力安全・保安院にしっかりと指導をしていただきたい」と発言し、批判をあびた」
  • 「放射能予測システム遅い情報開示に批判 」
  • 「事故から1か月以上経過しての視察 
     本来、原子力安全委員会は専門的知識を持つ調査委員が現地で「情報の収集・分析」を行うべき組織であるが、4月19日に委員が初めて東京電力福島第一原子力発電所の視察を行った。現場入りまで1ヶ月以上を要したことについて、視察した小山田委員は、「当初は、現場が次から次へと事象が変化するのに対応することで手いっぱいだった」と釈明し、「ずっと助言活動に対応していた」などと語った。[18] (JOCウラン加工工場臨界事故では発生の約半月後に総勢19名の事故調査委員会で現地調査を行っている)[19]」

とあります。現場から信用されないのも当然ですね。というより、原子力安全委員会は全くの役立たずと言って良いぐらいです。

Wikipediaの班目春樹氏の項目(http://ja.wikipedia.org/wiki/班目春樹)における、今回の原発事故の対応の部分を全文引用して終わりたいと思います。

引用はじめ---------

福島第一原子力発電所事故対応

  • 2011年3月11日に発生した福島第一原子力発電所事故で、事故発生から12日間にわたり取材を拒否し続けた。その理由を「官邸や文部科学省へ伝えれば良いと考えていた」[3]と語り、市民へ情報を伝えることを委員長の役目と考えていなかったことを明かした。
  • 3月12日午前6時すぎ、菅直人首相は陸自ヘリで官邸屋上を飛び立ち、被災地と東京電力福島第1原発の視察に向かったが、機内の隣にいたのが班目だった。原発の安全性をチェックする機関の最高責任者として「総理、原発は大丈夫なんです。(原子炉は)構造上爆発しません」と述べた。[4]その日の午後3時半過ぎ、建屋で水素爆発が起きた。
  • 3月22日の参議院予算委員会で、2007年2月の浜岡原発運転差し止め訴訟の静岡地裁での証人尋問で、非常用ディーゼル発電機や制御棒など重要機器が複数同時に機能喪失することまで想定していない理由を社民党の福島瑞穂に問われ、「そのような事態は想定していない。そのような想定をしたのでは原発はつくれないから、どこかで割り切らなければ原子炉の設計ができなくなる」と回答した。
  • 3月28日の記者会見では、高放射線量の汚染水への対応について質問された際に、「(汚染水への対応実施については)安全委はそれだけの知識を持ち合わせていない[5]」などと、原子力安全委員会の見識と存在意義について疑問を抱かせる発言を行った。
  • 4月27日の衆議院決算行政監視委員会において、政府の防災基本計画では原子力災害発生時に「緊急事態応急対策調査委員」らを現地に派遣すると定めているが、3月11日の地震発生直後に派遣したのは事務局の職員1人だけだったこと、また安全委員会が福島市の現地対策本部に専門家2人を派遣したのは4月17日となったことについて、委員会議員から質問があった。これに対して班目は、原子力安全専門家の現地派遣が遅れたことを認め、「これは本当に失敗だったと反省しております」と述べた[6]。

---------引用終わり

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