抗議活動も虚しく、全く反省の色など無く、いじめ、嫌がらせを続けては、愛と正義の使者を気取っていらしゃいますので、仕方ありません。
どうしたものでしょうか。とにかく、またいくつかの記事の閲覧停止を検討しております。おそらく一週間以内になると思われますので、現在公開中の記事を個人的に利用される方早めに何らかの合法的な処置をとられることをお勧めいたします。
2013年5月10日金曜日
2013年5月3日金曜日
気分悪い
あまりにイライラするのです。
だいたい、不満なことは、別のブログに書くようにしているのですが、どうにも収まらないのが若い連中。いじめをしてやらないんだぞといういじめを始めています。呆れ果てる。どう考えても、彼らはいじめをやっているし、いじめることを権利と勘違いしている。他人を利用することが権利だと言わんばかりです。弱者だから当然と言う権利を持っていると思っているのでしょうか。若くて健康であっても弱者というのはどういう勘違いの仕方をしているのか。いじめることだけが得意だから、権利を主張する特権があるとでも言わんばかりです。
そういう人間が世の中を混乱させ悪くしているとは思わず、正義の味方ヅラし、権利ばかりを主張する。義務も努力もせず、うまい汁を吸うことばかり。あるいは、人の嫌がることをすることが権利だと言わんばかりです。不思議な人間たちですよね。連中は。ガソリンスタンドの人間とかもそう。相変わらずです。カメラの画像チェックするかな。やれやれです。手間ばかり増えて、ストレスばかり増える。何を考えているのか、世間様は。
だいたい、不満なことは、別のブログに書くようにしているのですが、どうにも収まらないのが若い連中。いじめをしてやらないんだぞといういじめを始めています。呆れ果てる。どう考えても、彼らはいじめをやっているし、いじめることを権利と勘違いしている。他人を利用することが権利だと言わんばかりです。弱者だから当然と言う権利を持っていると思っているのでしょうか。若くて健康であっても弱者というのはどういう勘違いの仕方をしているのか。いじめることだけが得意だから、権利を主張する特権があるとでも言わんばかりです。
そういう人間が世の中を混乱させ悪くしているとは思わず、正義の味方ヅラし、権利ばかりを主張する。義務も努力もせず、うまい汁を吸うことばかり。あるいは、人の嫌がることをすることが権利だと言わんばかりです。不思議な人間たちですよね。連中は。ガソリンスタンドの人間とかもそう。相変わらずです。カメラの画像チェックするかな。やれやれです。手間ばかり増えて、ストレスばかり増える。何を考えているのか、世間様は。
2013年4月14日日曜日
将棋が強いとはどういうことか
昨日(4月13日(土))、将棋の公式戦としては初めてとなる現役プロ棋士とコンピュータ将棋の対戦、第二回電王戦の第4局塚田九段対Puella α(プエラ アルファ)があり引き分けとなりました。
Puella α(プエラ アルファ)の作者である、伊藤英紀氏はコンピュータ将棋はすでに、名人を凌駕したとおっしゃったそうです。その根拠を、氏のブログ(A級リーグ指し手一号)の4月3日分のタイトル「現状認識@2013年4月」という記事において、レーティングの点数からの類推として述べておられます。つまり、現在までのレーティングの点数で人間のプロ棋士におけるレーティングは名人で約1,900点、それを将棋24など、コンピュータ将棋も参加できるレーティングでは何点。計算量を増やせるようにすることにおいて数百点は上乗せできるのでその換算で行くと、レーティングから見た場合、コンピュータ将棋は名人を上回る、というのが理由となっています。
さて、レーティングというのは、大雑把に言えば平均的な強さの目安となっています。強い人に勝てば点数は多く増え、弱い人に負ければ多く点数が減る。同じぐらいの人には勝ったり負けたりだから、だいたい同じぐらい強い人同士は同じ点数になるだろう、ということです。
さて、伊東氏の思考は平均的に強い、ということがレーティングで表せる、ということで、名人よりもコンピュータが強いと主張されているわけですが、その平均的に強い、というのはどういうことでしょう。わたしは、その時点で氏の思考が終わっていることに少々違和感を覚えるので、穿った見方をしてみたいと思います。
平均的に強い、というのは、氏の考えでは、間違わないということと同義でしょう。将棋は読みのゲームであり、序盤中盤は、できるだけ終盤において相手の王様を詰める可能性が多い道筋をたくさん残すような可能性のある手を指し、最後には読みにおいて相手を上回り止めを刺す。これが将棋の本質であることは間違いありませんから、氏の考え方には十分な説得力があるようにも見えます。
しかし、それは、これまでの膨大な将棋のデーターベースがあってそれによる数学的帰納的な演繹(計算)方法が確立されている、という前提があるから故です。実際将棋というのは、すでにそれくらい成熟していると言っても過言ではないでしょう。しかし、電脳戦の第一局で阿部 光瑠(あべ こうる) 四段が、習甦(しゅうそ)の弱点をついて勝利を収めたというのは、効率的な帰納推論の弱点をついたものといえるでしょう。
わかりやすく言うと、例えば、名前のつくような戦法が新たに発見された時にコンピュータソフトは自身だけでその戦法に有効な対応策を考えられるかという問題があります。たしかに、現在のコンピュータ将棋は力将棋に持ち込まれても十分に勝てる実力を持っていますが、新戦法、あるいは、実践例が少ないような、今回の塚田九段の採られたような入玉ということにおいての対応は十分取れていないでしょう。
つまり、コンピュータは、新しい戦法を作り出せないし、新戦法が編み出された時に自身のみでは十分に対応が取れない(もちろん作者のサポートがあれば可能かもしれませんが)という点で、必ずしも名人よりも強いとは言い切れない本質的な問題点を抱えているということです。
言い換えれば、コンピュータ将棋というのは、二つの意味があり、狭義で言えばコンピュータのみで将棋を指すということでしょうが、広義のそれとしては、試合で将棋を指すのはコンピュータではあるが、実際にその戦法やアルゴリズムの改良においては人間の手助けがまだ必要である、という部分を含んでおり、伊藤氏は、広義と狭義を明らかに混同して用いられており、その上でコンピュータ将棋は名人よりも強いと言われているように思われます。
Puella α(プエラ アルファ)の作者である、伊藤英紀氏はコンピュータ将棋はすでに、名人を凌駕したとおっしゃったそうです。その根拠を、氏のブログ(A級リーグ指し手一号)の4月3日分のタイトル「現状認識@2013年4月」という記事において、レーティングの点数からの類推として述べておられます。つまり、現在までのレーティングの点数で人間のプロ棋士におけるレーティングは名人で約1,900点、それを将棋24など、コンピュータ将棋も参加できるレーティングでは何点。計算量を増やせるようにすることにおいて数百点は上乗せできるのでその換算で行くと、レーティングから見た場合、コンピュータ将棋は名人を上回る、というのが理由となっています。
さて、レーティングというのは、大雑把に言えば平均的な強さの目安となっています。強い人に勝てば点数は多く増え、弱い人に負ければ多く点数が減る。同じぐらいの人には勝ったり負けたりだから、だいたい同じぐらい強い人同士は同じ点数になるだろう、ということです。
さて、伊東氏の思考は平均的に強い、ということがレーティングで表せる、ということで、名人よりもコンピュータが強いと主張されているわけですが、その平均的に強い、というのはどういうことでしょう。わたしは、その時点で氏の思考が終わっていることに少々違和感を覚えるので、穿った見方をしてみたいと思います。
平均的に強い、というのは、氏の考えでは、間違わないということと同義でしょう。将棋は読みのゲームであり、序盤中盤は、できるだけ終盤において相手の王様を詰める可能性が多い道筋をたくさん残すような可能性のある手を指し、最後には読みにおいて相手を上回り止めを刺す。これが将棋の本質であることは間違いありませんから、氏の考え方には十分な説得力があるようにも見えます。
しかし、それは、これまでの膨大な将棋のデーターベースがあってそれによる数学的帰納的な演繹(計算)方法が確立されている、という前提があるから故です。実際将棋というのは、すでにそれくらい成熟していると言っても過言ではないでしょう。しかし、電脳戦の第一局で阿部 光瑠(あべ こうる) 四段が、習甦(しゅうそ)の弱点をついて勝利を収めたというのは、効率的な帰納推論の弱点をついたものといえるでしょう。
わかりやすく言うと、例えば、名前のつくような戦法が新たに発見された時にコンピュータソフトは自身だけでその戦法に有効な対応策を考えられるかという問題があります。たしかに、現在のコンピュータ将棋は力将棋に持ち込まれても十分に勝てる実力を持っていますが、新戦法、あるいは、実践例が少ないような、今回の塚田九段の採られたような入玉ということにおいての対応は十分取れていないでしょう。
つまり、コンピュータは、新しい戦法を作り出せないし、新戦法が編み出された時に自身のみでは十分に対応が取れない(もちろん作者のサポートがあれば可能かもしれませんが)という点で、必ずしも名人よりも強いとは言い切れない本質的な問題点を抱えているということです。
言い換えれば、コンピュータ将棋というのは、二つの意味があり、狭義で言えばコンピュータのみで将棋を指すということでしょうが、広義のそれとしては、試合で将棋を指すのはコンピュータではあるが、実際にその戦法やアルゴリズムの改良においては人間の手助けがまだ必要である、という部分を含んでおり、伊藤氏は、広義と狭義を明らかに混同して用いられており、その上でコンピュータ将棋は名人よりも強いと言われているように思われます。
2013年4月2日火曜日
2013年3月21日木曜日
さらなる抗議のための閲覧停止記事の追加に関して
マスコミ関係者の方々を始め2chのインテリ住人の方々がなかなか面白反省の仕方をされているようですので、以下の記事をさらに閲覧停止に致しました。
ある程度、年齢が行った女性の方でも女子と言いたがるのは若さや容姿にしか女性の価値を見いだせない現状があり、また、そのような人たちが実際に起こす下劣な行動を言葉で糊塗をしようとすることにほかならないという批判をしたつもりですが、異常な捉え方をし、わけの分からない屁理屈を述べて、あくまでも自分の責任や行動に悪いことはない、私という人間の過去がひどすぎるからだ、などということを述べておられるようです。
よろしい、全面戦争ということですね、ということです。
記す
マスコミ関係者と思われる人達その他の言動は、全く反省の色が見られず、あくまで責任はすべて私にあるかのごとく私に対して非難をする姿勢を変えず、歩み寄ろうという点も全く見られず、さらに、その言動は悪質極まりないためさらに以下の記事を閲覧停止に致しました。悪質さは極めて異常とも言え、さらなる記事の閲覧停止も近々公表する予定です
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その6 第六節 諸観念の連合ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 精神と記憶 その8 第八節 意識の多様な平面ベルクソン「物質と記憶」メモ
2013年3月21日
ある程度、年齢が行った女性の方でも女子と言いたがるのは若さや容姿にしか女性の価値を見いだせない現状があり、また、そのような人たちが実際に起こす下劣な行動を言葉で糊塗をしようとすることにほかならないという批判をしたつもりですが、異常な捉え方をし、わけの分からない屁理屈を述べて、あくまでも自分の責任や行動に悪いことはない、私という人間の過去がひどすぎるからだ、などということを述べておられるようです。
よろしい、全面戦争ということですね、ということです。
記す
マスコミ関係者と思われる人達その他の言動は、全く反省の色が見られず、あくまで責任はすべて私にあるかのごとく私に対して非難をする姿勢を変えず、歩み寄ろうという点も全く見られず、さらに、その言動は悪質極まりないためさらに以下の記事を閲覧停止に致しました。悪質さは極めて異常とも言え、さらなる記事の閲覧停止も近々公表する予定です
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その6 第六節 諸観念の連合ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 精神と記憶 その8 第八節 意識の多様な平面ベルクソン「物質と記憶」メモ
2013年3月21日
2013年3月15日金曜日
二人静一部コンテンツの閲覧停止について
かねてから告知しておりましたとおり、二人静のコンテンツのうちいくつかの記事を閲覧停止にしました。様々ないじめ、嫌がらせ、搾取に抗議するためのやむを得ない措置です。どうか、ご理解とご協力を賜りますようお願い致します。
閲覧を停止したのは以下の記事です。
小林秀雄さんの思想メモ
・小林秀雄「本居宣長 補記I」に見る『真暦』について
・「本居宣長」の出だしについて
・New Ageと小林秀雄
・わかったと言えばわかっている。わからないと言えばわからない
ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と時間」メモ その5 第四章 「知覚と物質、魂と身体」 第五節 「延長と伸張性」...ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その5 第四章 「知覚と物質、魂と身体」 第四節 「持続と緊張」ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その5 第五節 一般観念と記憶 (上)ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その4 第四節 過去と現在の関係 (上)ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その3 第三節 無意識について (中)ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その4 記憶と精神 その3 第三節 無意識について (上)ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その3 記憶と記憶 その4 想起と運動 (中) (mixi:2009...ベルクソン「物質と記憶」メモ
・ベルクソン 「物質と記憶」メモ その3 記憶と想起 その4 想起と運動 (上) (mixi:200...ベルクソン「物質と記憶」メモ
2013年3月5日火曜日
コンテンツ閲覧の制限を検討しております
大変申し訳無いのですが、一方的な搾取といえる状況に我慢も限界に達しております。従いまして、対抗措置として、二人静のコンテンツの内いくつかの記事の公開をやめることを検討しております。どうか、ご理解いただけますようよろしくお願いします。
記
内容:二人静内のコンテンツのいくつかの記事の公開停止
期間:3月15日より無制限
予告しておりますのは、それなりに準備が必要な方もいらっしゃるかもしれないという配慮です。どうぞご理解ご協力をお願い致します。
記
内容:二人静内のコンテンツのいくつかの記事の公開停止
期間:3月15日より無制限
予告しておりますのは、それなりに準備が必要な方もいらっしゃるかもしれないという配慮です。どうぞご理解ご協力をお願い致します。
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