2025年12月31日水曜日

今年も一年間ありがとうございました

 今年は、本当にいろいろなことがありました。

最大の出来事は、右目の視力がほとんどなくなったことでしょうか。

来年早々、免許を自主返納し、車も売るつもりなのでいろいろ大変です。

それでも、なんとか生きているわけで、本当におかげさまだと思います。


そんな年でありましたが、今年も大晦日の夜は、年に一回だけ自主的にお酒を飲む楽しい日でもあります。今日は小林秀雄さんの「ランボーIII」を読みながらお湯割りをちびりちびりと味わいます。「ランボーIII」は、今年の後半、池田雅延先生の講義でも取り上げられましたので、それも思い起こしながら読んでいます。

千里眼でなければならぬ、千里眼にならなければならぬ、と僕は言うのだ。詩人は、あらゆる感覚の、長い、限りない、合理的な乱用によって千里眼になる。

とはランボーの言葉だが、行き着くところまで行き着いた人には一体何が見えるのか。

小林さんの「ランボーI」の冒頭には「この孛星が、不思議な人間厭嫌の光を放ってフランス文学の大空を掠めたのは、一八七〇年より七三年まで、十六歳で、既に天才の表現を獲得してから、十九歳で、自らその美神を絞殺するに至るまで、僅かに三年の期間である。」と書かれている。それから彼は、放浪し、傭兵になり、アフリカで貿易商となり、足の腫瘍が元で死ぬ。享年三十七歳。

なんと言えばいいのだろう。ただ、その作品に、あるいは小林さんの著作に没入することしか、後の我々にはできないように思える。



読書に戻る時が来たようです。

皆様も、どうぞ良いお年をお迎えください。